分岐の一行

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【 解説・16 】

    於是天皇詔之

 於是、天皇 詔〔ミコトノリ〕タマワク。

○ここに、天皇は(国史編纂についての)御言葉を発せられた。


於是]ココニ。[天皇]阿閇皇女(元明天皇/四三代)。[詔之]ミコト・ノリ・タマワク。御言・告り、賜わく。この詔は、後段四にある「和銅四年九月十八日を以って詔」を指す。

◇後段はこの行から始まりますが、序文全体の構成として、前段と後段を分ける役割を持たせた位置に据えられています。そこでこれを「分岐の一行」と呼ぶことにします。

後段からは当代の話に移るので、この天皇元明です。天武についての記述は前段(四・五)で終わっており、此処に有る「天皇詔」について、天武紀十年三月の記事とは切り離して扱うべきでしょう。


◇後段・一と二について。
後段の序盤(「伏惟 皇帝陛下」の直前まで)の「詰め書き」された文章を、例によって「並び書き」にします。ここで二つの文群〈1〉と〈2〉に分かれますが、この二つはワンセットになっていて、基本的な構成は同じです。行数に差があるのは、〈1〉が王家の事柄を扱うのに対して、〈2〉は一介の舎人の紹介であることに因るもので、むしろ当然と云えます。


【詰め書き】
朕聞諸家之所賷帝紀及本辭既違正實多加虛僞當今之時不改其失未經幾年其旨欲滅斯乃邦家之經緯王化之鴻基焉故惟撰錄帝紀討覈舊辭削僞定實欲流後葉。時有舍人姓稗田名阿禮年是廿八爲人聰明度目誦口拂耳勒心卽勅語阿禮令誦習帝皇日繼及先代舊辭然運移世異未行其事矣。

 


【並び書き】
〈1〉朕聞諸家之所賷      ①
   帝紀及本辭        ②
   既違正實多加虛僞     ③
   當今之時不改其失     ④
   未經幾年其旨欲滅     ⑤
   斯乃邦家之經緯      ⑥
   王化之鴻基        ⑦
   焉故惟          ⑧
   撰錄帝紀討覈舊辭     ⑨
   削僞定實欲流後葉     ⑩


〈2〉時有舍人姓稗田名阿禮   ①
   年是廿八爲人聰明     ②
   度目誦口拂耳勒心     ③
   勅語阿禮令誦習     ④
   帝皇日繼及先代舊辭    ⑤
   然運移世異未行其事矣   ⑥

 

◇さて、この〈1〉と〈2〉の各行を上句と下句に分ける(「飾り書き」にする)のですが、どこで区切れば良いでしょう。前段では上句四字が基本でしたが此処ではどうでしょうか。

※一つの約束事として、上句下句に置かれる文字は必ず複数でなければなりません。よって、〈1〉の⑧は三文字からなる一行なので分ける必要はありません。

まず、棚字として置く文字が有るかどうかを探します。

〈1〉では、①の「朕聞」、⑥の「斯乃」。
〈2〉では、①の「時有」、⑥の「然」。

どうやら、これらを棚字にすることで字列が揃いそうなので、それぞれ平句から分離しておきます。

 

〈1〉の主要文①~⑦を見てみると、中央の三行③④⑤は、上句四字とすることに無理はない。この前後にある二行づつ①②・⑥⑦は、一行の文字数が五字(棚字を除いた平句のみ)なので上句・下句の分け方は、二字・三字、または三字・二字、この二通りしか有りません。五文字の中の三文字目にある「之」や「及」の字を上下どちらの句に含めるかですが、どちらに入れるのも可能です。

 

〈2〉の主要文は①~④ですが、〈1〉と同様に、中央の二行②③は共に上句四字とする事に躊躇は要らないでしょう。問題はこの前後にある①と④です。〈1〉との兼ね合いから上句の字数は二字か三字でなければなりません。すると、①を「舍人姓稗田・名阿禮」や、④を「卽勅語阿禮・令誦習」などの分け方にする選択肢は、もはや無くなりました。

①の上句は「舎人」か「舎人姓」、④は「卽勅」か「卽勅語」という事になります。①は「舎人」とするのが自然ですが、④は「卽勅語」の形が素直な判断ですね。しかし、これでは字列が揃いません。少々厄介になってきました。

そこで、こう考えてみました。これら四つの中で最も許容不可と感じるのはどれだろうか。そうした場合「舎人姓」に目が行ってしまいます。

舎人とは雑作業に従事する使用人を意味する一般呼称であり、姓〔カバネ〕ではありません。姓の字は稗に係るのであって、舎人と姓を一個にする事には大きな違和感を覚えざるを得ません。

仮に、①の上句を二字の「舎人」にした場合、それだと④の上句もこれに合わせて二字の「卽勅」にしなければならなくなり、それもまた受け入れ難い。あぁ…、モヤモヤする。

そこで決めました。ここは一旦、保留します。

そもそも字列ばかりに気を取られて、文章として読めないのでは本末転倒というものでしょう。例えば、④を「卽勅・語阿禮令誦習」などの分け方をして、どう読むというのか。

  卽勅、   語の 阿禮に 令誦  習
 スナワチ ミコトノリ、 カタリ  ア レ   ノ リ  クラセル

あれ、読めた、…かも。


〈1〉の、①②と⑥⑦、〈2〉の①④、これら各行の上句は全て二字とする。

〈1〉の⑨⑩、〈2〉の⑤⑥、これらはそれぞれの締め句であり上句四字は順当。よって「飾り書き」は次のAとBに決まりました。

【飾り書き】
〈A〉朕聞 諸家 之所賷      ①
      帝紀 及本辭      ②
      既違正實 多加虛僞   ③
      當今之時 不改其失   ④
      未經幾年 其旨欲滅   ⑤
   斯乃 邦家 之經緯      ⑥
      王化 之鴻基      ⑦
      焉故惟         ⑧
      撰錄帝紀 討覈舊辭   ⑨
      削僞定實 欲流後葉   ⑩


〈B〉時有 舍人 姓稗田名阿禮   ①
      年是廿八 爲人聰明   ②
      度目誦口 拂耳勒心   ③
      卽勅 語阿禮令誦習   ④
      〼〼〼
      帝皇日繼 及先代舊辭  ⑤
    然 運移世異 未行其事矣  ⑥

 

◇「飾り書き」AとBは、棚字を置くことで一気に整然とした画面になりました。

Aは①~⑦が主要文で、⑨⑩は締め句の二行です。これを三文字からなる一行⑧によって分けられています。

Bは①~④が主要文であり、⑤⑥が締め句の二行ですが、これを分ける “ 三文字からなる一行 ” が無いですね。恐らく書写の段階で欠落したと思われます。(とりあえず〼〼〼を入れておきます)

 

ここでは〈分岐の一行〉、また後段〈一〉と〈二〉の見方を提示しました。細かい解説は、次回(解説・17、18)ということに致します。