「御」という字
◇「御」という字
現代の日本語で御の文字は、お、おん、ゴ、の音で使われます。御名前〔おなまえ〕、御召し物〔おめしもの〕、御社〔おやしろ〕。会社の場合は御社〔おんシャ〕。
また御案内〔ゴアンナイ〕、御馳走〔ゴチソウ〕、御足労〔ゴソクロウ〕、御免〔ゴメン〕…といった使い方をしますね。
※御輿〔みこし〕、御魂〔みたま〕、御厨〔みくりや〕、御手洗〔みたらい〕などの御はみと読みますが、これは現代の用法ではありません。
和語に付く場合はおになり、漢音読み単語にはゴの音になる事が多い。ただし、「御膳」はゴゼン、おゼン、と二様の読みをする例もあります。「ゴゼン」は食事、「おゼン」は食事を乗せる台であり意味も違ってきます。
或いは、台をいう「ゼン」という語、また御社〔おん・シャ〕の社〔シャ〕などは既に日本語化しているのかもしれません。
*装飾の「お」
頭に付くおは、言葉を丁寧にするためと認識されていますが、そればかりでは無いでしょう。飾り音として、ただ乗せているだけ、というのも有ります。
おナカ(腹)、おシリ(尻)など、自分の体なのにおを付ける。また、おイモ(芋)、おカラ(酒粕)、おマル(簡易便器)におは要るか?
これらは多くの場合、京都の公家ことば、宮中の女房ことばが、宮仕えの女性たちによって庶民にも広まったものでしょう。おカキ(かき餅)、おセン(煎餅)、おマン(饅頭)、おチリ(ちり紙)など、単語の後ろを省略して頭におを付ける表現もまた同様です。
これら頭のおは言葉を柔らかくする効果が有るのかも知れません。ただ、これが丁寧語といえる程のものかというと、甚だ疑問です。
「お」が付き易い音
頭に付くおはどんな語にも付着しますが、付き易い音がある様にも思います。
m音は唇で、k音は奧喉で、n音は先舌また唇で、それぞれ息を一旦遮断した後、これを開いて作り出す声なので、語頭にンの鼻音が付き易い。このン(撥音)がウに転じたのちオにも変わります。
撥音は一般的に語中や語尾に付くものとされますが、古代また其れ以前の日本語では語頭につく事も珍しくはなかった。
コシ(輿)がミ・コシ(御輿)なるのはいいが、更に「おミコシ」になる、クジ(籤)がミ・クジ(御籤)なるのはいいが、「おミクジ」になる、是らのおは不必要でしょう。
この現象はミの頭にンが付いて「ンミコシ」「ンミクジ」と発音し、このンがオに変わるのが原因ではないか。
この様な単なる勢い付けの付着音には漢字の「御」より仮名の「お」使うのが望ましいでしょう。
*この「御」は接頭語か?
記紀などでは、神や高貴な存在(王またそれに関連したモノ)に対して丁寧に云う時は頭にミの音を乗せ、その音に御の字を使うと認識されているようです。
天之御中主尊、高御産巣日神、天照大御神、建御雷命、御実豆良、御身之禊、…など、これらの御は全てミの音を持つ接頭語として扱われますね。
例えば、天之御中主は、アメの・ミナカヌシ、と読まれています。御は中主を丁寧にいう為のミになります。他の名称の使い方も皆同じです。しかし、この扱い方は果たして正しいのか。
*多様な「御」
「御」の使い方については、地域、時代、部族の違いによるものが有ると思われ、上代に於いての用い方は一つでは無かったと考えられます。
例えば、
人、者、自身(人格)、身体(肉体)、などを表わす言葉にはキやミが使われます。通常はその音に、キ=岐伎、ミ=身見美、などの文字が充てられますが、重要な立場の者が対象になると御の文字も使われるのではないか。記紀からはそんな御が見えてきます。
よって、
天之御中主でいうと「天之・御中主〔アメノ・ミナカヌシ〕」と切るのではなく、天をアキ、之御をツキ(またツミ)とし…、
と読むのが、此の文字を最初に用いた人の意図ではなかったかと思う。
そして、
原音である「アキツキ・ヌカツキ」(天之御・中主)とは、この世の質量全てを司る意思、謂わば「宇宙神」を、いうのでしょう。
▽ちなみに
「アキツキ」とは主人、統率者、というのが基本的な意味です。一般的には、王、氏長、家長、など集団の規模に関わらず、リーダーを表わす普通名詞です。
※アは大、キツキはモノ(者=生命体)の意。
《古事記》では、大国主を淤富久邇奴斯〔オホクニヌシ〕と、歌などで假名書きされています。
ア・キツキ→アハ・キナツキ→オホ・クニヌシ。
キツキの先のキが撥ねて、キンツキ→キナツキといった膨張転化し、ツキがヌシに移る。
この音に意味に則した大国主の字が充てられたと思われます。