八尋殿

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【 解説・6 】
《前段二/ⅲ》(5、6、7、8/16行)

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○かれ、太素の頃は(交合のやりかたが)よく分からないまま行なって失敗したが、天ツ神に相談をして指摘を受け不作法があった事を知る。土を孕み、島を産むための正しい時を。

○元始は物知らずだったが、祖神に頼り解った。神を生み、人を作るこの世を。

 

]カレ。もと。古くに。(棚字)
太素」タイソ。おおもと。ここでは初めて肉体を持ったこと、また初交合の頃を指す。
杳冥]ヨウメイ。奥深く暗い。◯杳/ぼんやりとした状態。◯冥/=瞑。ものの道理に昧い。未熟。未経験。無知。書紀に「…不知其術(其のすべ知らず)」とある。

◇霊気として存在していた生命体が、用意された物質(肉体)に初めて乗り込む。そして、ミッションである国産み神生みの作業(交合)に臨むのですが、勝手が分からず要領を得ない。

因本教而識]◯本教/モトのオシエ。基本の形。本来の姿。◯因・而/ヨリ・シテ。よりて。◯識/サトリ・ツ。知る。情報を得る。

◇国生みの際、段取りを決めて始めたが、産まれた島は不完全なものだった。これは廻り出逢った所での手順が作法に反していたと天ツ神の教えによって知る。

孕土產嶋]◯孕土/ツチをハラミ。浮く脂のように漂えるものを固め土ができ、土が増殖していって陸ができる。◯產嶋/カツマをウミ。国生み。カシマ(陸地、地域)を産む。

◇始めに産まれたのを大八嶋といい、八つの島の名を並べるのは記紀共に同じです。日本に数多〔あまた〕ある島の中で何故この八つなのか。

八島の本来の意は「アツ(多くの)島」である。アツに予唸音イが乗り、ィアツ(ヤツ)になる。この音に八の字を充てたことで、大きな島や身近な島から順番に八個を並べることになります。それにより人によって選ぶ島や並びの順序が変わってくる。

之時]◯之/コノ。コレ。語の頭に置かれるときはコノやコレの意で使う。語の後ろや句の中の一字になってる場合は、ツ・シ・ノ(格助詞)といった音(役割り)になる。◯時/オリ。機会。作法。手順。術(すべ)。

元始]ゲンシ。最初の頃。[綿邈]メンバク。曖昧。よく判らない状態。果てしなく遠い。

頼先聖而察]◯先聖/サキのヒヂリ。先祖の聖神。◯聖/ヒヂリ。高貴かつ純粋無垢なキツキ。天津神。◯頼・而/タヨリ•シテ。教えを受け、そにして。◯察/ハカリ•ツ。わかる。理解する。

生神立人]◯生神/カムヂ(カツキ)をウミ。(国産みに続いて)自然界のあらゆる環境とそれを司るモノ(カツキ)を生む。または為政者及びその組織に属する者。◯立人/ヒツト(キツキ)をタテ。新たに出来た世界に生きるモノ(キツキ)を作る。または一般人。

伊邪那岐伊邪那美の二神によって生まれる神は、大事忍男神から火之夜芸速男神(加具土神)まで。これ以降に成る神は伊邪那岐(片親=男神)のみで生まれる。

◇立の字は「造る」などの意もありますが、二神が絶縁する際、伊邪那美が「一日絞殺千頭」と言ったのに対し、伊邪那岐が「吾一日立千五百産屋」と返す。この、産屋を立てる、の語から来ているか。

之世]◯之/コレ。◯世/ヤ。ヨウ。現世。古代に於ける一音語は一拍音で発音する。よって、ヨではなくヨウになる。ただし、上代ではさらにヨウの前の音ヤだったでしょう。

◇世の字はカの音を元とする。カは、→キァ→キァウ→イァウ(ヤウ)→ヨウ、と転化するが、世の字をヨウと発音するようになるのは、人類の歴史からするとそれほど古い事ではない。

◇「太素杳冥」と「元始綿邈」、「因本教而識」と「頼先聖而察」、これらは同じ意味の文言であり、二行一対が二つ並んだ四行全体で国生み神生みを表す。

 

◇前段二のここまでの記述は表記の順序がおかしい。時系列でいけば、①参神出現。②二霊(伊邪那岐伊邪那美)顕在。③産島・生神(国生み・神生み)。④禊(出入幽顕~於滌身)。の順で進む筈のものが、ここでは、①参神。②二霊。④禊。③産島生神。となっており並びが錯綜しています。

 

◇前段二、前半部の記述。
※③は5・6・7・8(四行セット)
 ④は3・4(二行セット)

[A]原文の字列
  然 乾坤初分 參神作造化之首  1 ①
    陰陽斯開 二靈爲群品之祖  2 ②
 所以 出入幽顯 日月彰於洗目   3 ④
    浮沈海水 神祇呈於滌身   4
  故 太素杳冥 因本教而識    5 ③
    孕土產嶋 之時       6
    元始綿邈 頼先聖而察    7
    生神立人 之世       8

 

[B]「3・4」を「8」の後ろに移動
  然 乾坤初分 參神作造化之首  1 ①
    陰陽斯開 二靈爲群品之祖  2 ②
 所以 太素杳冥 因本教而識    5 ③
    孕土產嶋 之時       6
  故 元始綿邈 頼先聖而察    7
    生神立人 之世       8
    出入幽顯 日月彰於洗目   3 ④
    浮沈海水 神祇呈於滌身   4

 

*Aが序に記された字列ですが、この八行のうち、3と4の二行は最後に置かれなければならない。何故なら3・4は、伊邪那岐が黄泉の国から帰還(出入幽顯)後、ミソギを表わす記事です。つまり伊邪那美の死後ですよね。ところがAの場合、次に来る5・6・7・8は、二神による国生み神生みの記事です。順番がおかしい。

では、何故こんな並びになったのでしょうか。それは恐らく…、恐らくですが、棚字の扱いが絡んでいると思われます。

棚字の位置を動かさずそのままにして、この二行(3・4)を8の後ろに移し、Bの並びにしてみます。すると当然、5・6・7・8が二行ずつ前にずれ、5と7の上に棚字が乗ることになりますね。

5・6・7・8は四行で一塊りであり、ここに二ヶ所も棚字を置くのは具合が宜しくない。といって、棚字の配置(前段二の後半部との反転表記)は崩したくない。

そこで敢えて文章よりも構図を優先させ、本来は7・8行目であった二行④(3・4)を②と③の間に差し入れてAの並び位置にしたという事ではないでしょうか。

つまり、最初の字列はBであり、④の移動でA(今の姿)になった、ということです。

また、3・4だけに関しても、そのまま読んだのでは何やら腑に落ちない文字の並びです。

だけど、ここは二行で一組と捉え、上句の「出入幽顯」と「浮沈海水」を一括り、下句の「日月彰於洗目」と「神祇呈於滌身」を一括り、と解釈することで、この二行の語順の不自然さに対する疑問は多少解消します。

何れにしろ、この前段二の前半部分は、やはり妙な感じがする。

 

序を作るにあたって、色々と苦労が有ったという事でしょう。其れもまた眺めていて面白い。