天武即位〈2〉

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【 解説・15 】
《前段・五/ⅱ》(5~14/14)

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○清原の大宮で即位する。道は軒后より勝り、徳は周王を越える。乾符を手にして(王位に就いて)天地四方の全てを治める。天統を得て(王位を継ぐ者となって)、地の果てに至るまで広く包む。

二つの気によって作られる真理に則〔のっと〕り、五つの並びによって順序立てられる法則に等しく整える。

神の理〔ことわり〕を基に据えて社会道徳を整え、英風(優れた教化)を敷いてこれを国全体に浸透させた。そればかりか、海のように広大な知徳を以って上古を深く探求し、鏡のように輝く心は昔を明らかに照らし見る。

 

淸原大宮]キヨミハラのオホミヤ。御所の名。[昇卽天位]◯昇卽/のぼり就く。◯天位/オホキミ(アハキツミ)のクライ。王位。◇書紀に、天武二年二月飛鳥浄御原で即位の儀。

道軼軒后]◯道/道徳。人としての理。◯軼/超える。すぎる。◯軒后/軒轅帝。

德跨周王]◯德/立派な人格。◯跨/超える。◯周王/文王、武王、など。

握乾符而]◯乾符/天子であることの証となる持ち物。天符。御璽。◯握・而/ニギリ・テ。手にする。執る。いわゆる三種の神器を手にすること。[摠六合]◯摠/=総。すべて。◯六合/天地(上と下)と四方。[得天統而]◯天統/天下を統治する者。◯得・而/得て。地位に就く。[包八荒]◯包/ツツミ。包括。◯八荒/遠隔地。八方の未開の地。

乘二氣之正]◯乘/ノリ。頼る。(ままに)任せる。火遠理(山佐知)の条にある「乃乗其道往者…」〈乃、其の道なりに行けば…〉と解釈すれば、乗の字はナリ(示すがまま)の意であり、従う、委ねる、則り、などの意になる。◯二氣/陽と陰。世の根源をなす二つの気。あらゆるモノが一対を成すという自然の摂理。◯之正/コレ・タダシキ。この真理。真っ当な。確か。

齊五行之序]◯齊/=斉。等しく整える。揃える。◯五行/五つの並び。この世を作っている五原素。木火土金水。◯之序/コレ・ツイデ。順序。物事が順を追って進行してゆくこと。自然界の約束事。

◇天と地、昼と夜、日と月(これは偶然)、など世の中は全て一対で出来ています。人間は男女の二種があり、その体は胴から頭と手足合わせて五つの枝が延びている。手と足は二本づつあり、それぞれ指が五本づつ付いている。これが二気と五行の基となる。陰陽思想や木火土金水などはずっと後に作られた理屈でしょう。

人は太古より二と五を数の中心に置いてきたに違いないし、それゆえ十進法は凡そ人類共通の記数法なのです。二つの気・五つの行、これはかなり早い時期から人類にとって基本となる思想だったのではないでしょうか。

◇「崩しの行」ここでは二気と五行を立たせています。前段には二ヶ所(此処と前段三)に崩しの行を置いていますが、全体の構成を見ると、この形を作るために他の行の上句を四字に統一していると考える事もできます。

設神理以]◯神理/シンリ。カミのコトワリ。◇神は、自然界を造ったモノ。この世界の源〔みなもと〕を司るキ。理は、摂理。◯設・以/シツラヘ・モチて。そなえて。

◇ここでの神の字に付いて。
⑴この世の創設者である神を指す。世界は二気五行によって出来ており、この神の意思「神が決めたコトワリ」を基本として世を作る。万葉集(巻四・六〇五)にある「天地之神理…」は、アメツチのカミのコトワリ、と読まれる。

⑵褒める接頭語カムの音に神の字を充てる。カンやカツの音に漢や鹿、またカモに鴨など、その音に合わせた字を使う。ここの場合「神・理」は、カム・コトワリと読み、「優れた・摂理」を社会基盤として設ける、という意味になる。

奬俗]◯奬/すすめ。◯俗/民衆社会。世間。◇良い社会風俗に導く。[敷英風以]◯英風/倫理。道徳。優れた風化(上層の教化。上の者が規範を示し、下の者がそれに習う)◯敷・以/ウチシキ・モチテ。行き渡らせる。敷はシキだが前の行の設〔シツラヘ〕と音数を揃えてウチシキとする。[弘國]◯弘/拡める。◯國/=国。クニ。地域社会。

重加]シカ・ノミニ・アラズ。シカノミアラズ。それだけではなく。(棚字)

智海浩汗]◯智海/チカイ。サトリはウミの如く。◯浩汗/コウカン。とても広い。広大。[潭探上古]◯潭探/潭=深。深カク、探グリ。◯上古/イニシヱ。昔。上代

心鏡煒煌]◯心鏡/ココロはカガミの如く。◯煒煌/ヒカリ。眩〔まばゆ〕い光。[明覩先代]◯明覩/覩=見。明らかに見る。明確に見通す。◯先代/サキツヨ。歴史。

◇最後の二行 13・14 は、行単位で見るのでは無く「四字ブロック表記」として扱うのが良さそうです。

 智海  浩汗  潭探  上古
 心鏡  煒煌  明覩  先代 

智海と心鏡、浩汗と煒煌、潭探と明覩、上古と先代、これら隣り合った語がほぼ同義として扱われています。

 

◇《記》は小治田御世(推古天皇/三三代)までですが、序では何故か天武天皇についての記事に、広く紙面を割いていますね。多くの文言が漢籍からの借用であり、勢いの良い語句を並べた装飾文のようになっています。

或いは、これらの文章って序のために書き下ろされたものではなく、多少の編集は加えつつ、すでに有ったものを組み入れたものではないのか、という思いを持ってしまいます。

 

◇前段五では全十四行のうち、1〜4、5〜14、に分かれます。1〜4は戦いが終わった安堵感と、ある種の静寂を感じます。

「清原大宮」から始まる5〜14の十行は、一転して新たな王による新時代の幕開けに対しての、期待と熱気が伝わってくる文章です。

この十行は、乘二氣之正・齊五行之序(9・10)の二行を中心に置いた左右対称・二行五組の文型を成しているのが分かります。この書き方は他でも見掛けるスタイルです。

ただ、7・8の字数(一行7文字)と、11・12の字数(一行6文字)の違いが気になります。

日本書紀の書き出し部を「飾り書き」にしたのも、二行五組、左右対称、中央上がり(騰立つエネルギー)と同じ文型になっています。〈解説・3、「冒頭句」参照。〉

 

◇それにしても、このようにして古事記では扱っていない天武の事象を序に載せた真意は、果たして何処に有るのでしょうか。

*近江軍との戦いで、天武側の将軍の一人として働いた武人に多臣品治という名があります。安萬侶との関係は定かではありませんが、もし血縁者であった場合、その武勇の一端は安萬侶にとっても誇示したいものだった、とも考えられます。

元明天皇(阿閇皇女)は天智天皇の皇女ですが、天武の子・草壁皇子の妻でもあります。大友皇子弘文天皇)は、異母姉弟ですが采女の子であり、元明にとっても父亡き後、近江京は快くない存在だったのかもしれません。


《前段・五/ⅱ》(5~14/14)…了。

woguna…。