記献上

【 解説・21 】
《後段・四/ⅱ》(6~9/9)

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○これ、仰せに随〔したが〕い、語臣(阿禮)が繰り述べた噺(旧辞)を奉〔たてまつ〕る。畏〔かしこ〕くも謹〔つつし〕んで御意向のまま、詳細に採り拾いました。

しかし、上古の時、言葉とその意味は押し並べて素朴で、これを敷き連ねて文章にしたり、文字数に制限がある句の形にする時、即座に文字化することは難しい。


]コレ。ここに。(棚字)
勅語舊辭]◯勅/ミコトノリ。天子の御言葉。発令。◯語/カタリ。語臣〔カタリノオミ〕。◯舊辭/フルゴト。またクヂ。
◇ここでの「語」の字については二つの解釈が可能です。⑴「語臣」を指す。⑵ 阿禮が「語った」の意。
ただ、⑵の場合、一つ前の行に「稗田阿禮所誦」と誦〔ノリ〕の字を使っており、ここだけ語旧辞〔カタリシ、フルゴト〕を使うのは考えづらい。よってここでは⑴「語臣の旧辞」を採ります。[以獻上者]◯以/モチテ。◯獻上者/タテマツリ。

謹隨詔旨]◯謹/ツツシミ。またカシコミ。◯隨/マニマニ。まにま。そのまま。沿って。◯詔/ノリタマイシ。オホミコト。仰せになられた。◯旨/ムネ。意向。◇詔旨の二字でオホミコトの読みを充てる解釈もあります。
子細採摭]◯子細/コマカ。詳細。◯採摭/トリ、ヒロイ。採り拾い。取捨選択し正しいものを掲載する。

]シカシ。シ・カ(その・様)→シカ・シ(その様・だが)。基音「カ」の前後に付属音が合わさり構成される語。(棚字)

◇然の字は棚字として、前段二と四、後段二と四、この四カ所に置かれていますが、ここがその四個目です。しかしながら、なぜ同じ文字をこれ程までに使うのでしょうか。意図が有るのか無いのか、未だよく分かりません。シカシテ。シカルニ。シカレド。シカシ。この順に並べています。
上古之時]◯上古/イニシヘ。退世(いにせ)。昔。◯之時/ノ・トキ。その頃。ところで。
言意並朴]◯言意/コト・ココロ。言葉とその意味。◯並/ナメて。ナナ・メリて。おしなべて。総じて。全体的に。◯朴/イスナヲ。キツノキ→イスナヲと転じる。先のキは純朴、後のキはモノ。古語にして、素朴、初期的、などの意味。

敷文構句]◯敷文/アヤにシキ。文字を敷き列べて文章を作る。◯構句/クにカマエ・フル。定めた文字数のひと集まり。一行の内に上句下句の形を作る。
於字卽難]◯於字/モヂにオキ。声音言語を文字化する。◯卽/ニワカ。直〔ただ〕ちに。即座に。◯難/カタキ。カタシ。むずかしい。

◇この二行(8・9)は記の完成が遅れた理由でもあります。昔の言葉の音や意味を文字にして、さらに句や文の体裁にするのは簡単ではなかったことをいい、次の後段五に繋げます。

 

《後段・四/ⅱ》(6~9/9)…了。