付記・1

【 解説・22 】
《後段・五/ⅰ》(1~5/10)

f:id:woguna:20220212080532j:image

○漢字を表意文字として使った場合、意味は伝わっても言葉として心に届きにくい。といって日本語の音を優先し、文字を全て仮名書きにしたのでは、徒〔イタズ〕らに文章が長くなるばかりである。

それで今、或るは一つの句の中で音と訓を混ぜて用いたり、或るは一事の内すべて訓で記すなど、それぞれの状況や内容に依って対応する。


已因訓述者]◯已/スデニ。ことごとく。◯因訓/漢字の意味を採用する。◯述者/ツヅリ・ナバ。記述すれば。[詞不逮心]◯詞/コト。言葉。文面。「詞〔こと〕バ」のバは助詞であり、言葉〔ことば〕の「ば」ではない。◯不逮/トドカズ。トドキ・エズ。届かず。及ばす。至らず。◯心/ココロ。真意。細かい意味。微妙なニュアンス。

◇漢字を表意文字として使う場合、内容は分かっても言葉の持つ繊細な感覚は伝わりにくいです。特に歌などは言い回しやテンポ(拍子)が重要なのであり、音を五・七で並べたり、韻を踏んだり、といった妙味は表せません。

全以音連者]◯全/マタク。みな。すべて。◯以音/オト・モチテ。漢字を仮名(音節)として使う。◯連者/(カキ)ツラネ・レバ。書き連ね。[事趣更長]◯事趣/コトの・オモムキ。内容(表現物)を綴った紙面の姿。◯更長/サラに・ナガキ。ことさらに。文字数がやたら多くなる。

◇ここにある因訓(訓に因り)とは漢字を表意文字として使う「訓書き」をいい、以音(音を以って)は漢字を表音文字=仮名として扱う「音書き」をいいます。

訓読み・音読み、とは漢字を、日本語で読むか、漢音で読むか、であり文字(漢字)が主体です。対して、古代では日本語を文字にする時、表意・表音、どちらの用法で表わすか、という日本語(やまと言葉)主体の視点に立った扱い方であったようです。

例えば、山の訓読みは「やま」、音読みは「サン」。ヤマの音書きは「夜麻」、訓書きは「山」となります。これが因訓・以音(訓書き・音書き)という少し紛らわしい表現になってしまいますが、理解しておかないと混乱します。

「因訓」は訓読みでは有りません。「以音」は音読みでは有りません。

是以今]コレ・モチテ・イマ。◇三文字からなる一行。並び書きや飾り書きをする場合、一行に三文字だけを置くというやり方です。《記》では本文に於いても、よく見る形です。

或一句之中]◯或/アルものは。アルは。◯一句/上句や下句。一行の内に作る複数の文字の集まり。◯之中/コレのナカ。句(限られた文字数)を構成する上で。[交用音訓]◯交用/マヂエてモチイる。混淆。音書きと訓書きを混ぜる。◇交は通常マジエと読みますが当時は部族によって、マヂェ(マデ)とマジェ(マゼ)の二通りが有ったようです。◯音訓/音書きと訓書き。

或一事之內]◯或一事/ある、一つの事柄(一行、一節)を揃える文字。◯之內/コレのウチ。言葉を書く複数の文字の内。[全以訓錄]◯全以/マタク・モチテ。まったくもって。すべてにおいて。◯訓錄/ヨミで・シルシ。漢字を訓書き(表意文字)で用いる。

◇字順通り「全〔また〕く以て訓で録す」の読み方で良いと思いますが、普通の現代日本語で書けば「全〔すべ〕て訓を以って録す」となるでしょう。

 

◇「反転表記」
 この「後段五」の先の五行(1〜5)は、中央(3)が短い行になっており、前後の二行ずつ(1.2・4.5)は一行が9文字で、やや長めです。

一方、前に在る「後段四」の場合、先の五行(1〜5)は、中央(3)が長く、その前後の二行(1.2・4.5)は各5文字で、やや短めです。

つまり、後段の四と五は構成上セットになっており、先の五行は反転表記にしています。もちろん意図を持って作られた構図であるのは、疑いようも有りません。始めから詰め書きされたものなら、意味を成さない書き様ですね。

 

《後段・五/ⅰ》(1~5/10)
…つづく。