壬申の乱

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【 解説・13 】
《前段・四/ⅱ》(6~11/11)

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○しかるに、天位の時は未だ至らず。南山(吉野の山)に隠遁(脱する)する。その後、人員が集まり軍備が整い、吉野から東方面の地を経由して行軍した。皇子らの乗り物は間もなく手配ができ、皇妃を乗せた輿は担がれ山を越え川を渡った。

全ての軍(王の軍、将軍が率いる軍)が総攻撃した。武器はその威力を増し、勇猛な兵士は煙が立ち騰る如く次々に現れ突進する。王の御印である赤布を身に付けた兵士達は光輝き、朝敵は(繋ぎ目が切れた)瓦の様に散り散りに崩れ砕けた。

]シカル・ニ。シカ・アルニ。それなのに。(棚字)

天時未臻]◯天時/王の位に就く時。◯未臻/臻=至。いまだいたらず。[蝉蛻於南山]◯蝉蛻/世間から完全に離脱する。近江京一派から抜けること。直接の字義はセミの脱け殻。◯於南山/吉野山。出家して吉野に入る。

人事共給]◯人事/ヒトとコト。人員と軍備。◯共給/トモにソナワリ。戦いの準備が整う。同盟協力と兵器調達。[虎步於東國]◯虎步/勇ましく進む。◯於東國/アガツマに。アヅ・カツマ、ア・ガツマ、アヅ・マ、など色々な読み方ができる。アヅが東方面の意、カツマは土地の意を表わす。ただし、今の関東地方ではない。

◇「蝉蛻」は、超然として社会から離脱(出家)する。「虎步」は、立ち上がった虎が悠然と歩みを進める。行軍。

皇輿忽駕]◯皇/皇后、皇子。◯輿/コシ。◯忽/にわかに。たちまち。◯駕/カイて。担ぐ。カツキ→カキ→カイ、と音が転じる。[淩渡山川]◯淩/=越。コヒ。またコイ、コヘ、コエ。◯渡/ワタリ。ハ・タタリ。

◇山や丘を進むのはコエ(越)といい、川や海を行くのはワタリ(渡)といいます。斉明紀の歌の一節に「耶麻古曳底 于瀰倭柁留騰母」〈山越ひて、海渡るども…〉などの表現があります。

六師雷震]◯六師/王の軍。◯雷/イカヅチ。勇猛な戦闘員。◯震/フル。振る舞い。はげしい行動。[三軍電逝]◯三軍/自軍。諸侯の軍。御方。◯電/イナヅマ。強烈な戦闘。◯逝/行く。進攻。突撃。

◇一般的には六師を王の軍、三軍を諸侯の軍とはしますが、ここでは直接これらを示すものではなく、六師三軍・雷震電逝は全軍による総攻撃の意で使われます。

杖矛擧威]◯杖矛/ジョウボウ。杖は棒状の武器。ツキホコともいう。器杖、兵杖、などは戦いに使う武器、道具をいう。杖矛を “ 矛を杖として ” と解釈することはない。◯擧威/イキオイ・カカゲ。またコゾリ。集結して。残らず揃って。威勢よく。[猛士烟起]◯猛士/マスラヲ。マツラキ。先魁〔サキガケ〕。先陣を切る強烈で勇敢な兵士。◯烟起/立ち騰る煙のように絶え間なく現れる。次々に攻撃する。起は行動を表わす語。蜂起。立つ。

絳旗耀兵]◯絳旗/コウキ。絳は赤、旗は布。赤布を御方の目印として身に付ける。◯耀兵/カガヤキを放つ兵士。兵の字は武器また戦士の二通りの意味を持つが、ここでは「赤布を付ける」人を指す。
◇敵味方を見分けるため、大海御子の軍の者は赤い布片を身に着けていた。ということは、近江軍は白布だったかも知れません。源平より遥か昔から、赤組白組はあったという事でしょうか。

凶徒瓦解]◯凶徒/アダビト。アダキ。元はアダツキ。アツキ→アダツキ→アダフチ→アダブト(アダビト)と転じる。敵軍の兵。近江方の軍勢。◯瓦解/ガカイ。崩壊。瓦を固定する部分が不完全になり屋根から崩れ落ちて砕けるように、敵はバラバラになった。

漢書に使われる単語が多く並びますが、特にここの三行は戦闘に関する四言(四字表現)の詰め合わせであり、ことさら日本語による読み下しの必要を感じない文字列ではあります。

凶徒はキョウト、瓦解はガカイ、などでも良いとは思いますが、リズムを付けるため敢えて日本語読みにしておきます。

この文章を作った人の威勢の良さを見ると、単語を漢音読みで畳み掛ける、というやり方が良いのかも知れません。ある種、「講談」的演出を感じます。

 

        …袁禺那…